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歌戦車、素晴らしく良く鳴る楽器。 森昌子

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     ある日、YOUTUBEで、ふとしたきっかけで、森昌子が歌う「たそがれマイラブ(大橋純子)」と「みずいろの雨(八神純子)」とを、聞いたところ、その戦車が全てを圧していくような、重量感のある歌唱に、あきれてしまいました。


    いずれのの曲も、歌唱力抜群の八神純子、大橋純子という両歌手の代表曲であり、歌い抜くには豊かな声量と確かな歌唱力を必要とする難曲ですが、森昌子は、まったく苦にすることなく、余裕で歌っちゃっています。


    身長154センチの小さな体から、まるでお寺の鐘をゴーンと鳴らすかのような大音声(だいおんじょう)が響きわたり、その迫力に、バックのビッグバンドの演奏がおもちゃの音楽に聞こえます。


    今、音が出せる環境にある人はまずはこの二曲を聴いてみましょう。


    (たそがれマイラブ)
     0:50あたりのサビのところが大迫力


    (みずいろの雨)


    私にとって、森昌子といえば、「せんせい」を歌った、山口百恵と同世代の昔のアイドル歌手、途中からは演歌に転じて「悲しみ本線日本海」を歌った人というイメージしかありませんでしたが、演歌じゃない、普通の歌謡曲を歌わせても、これほどすごかったのだとは。知りませんでした。完全に認識を改めました。


    それから、YOUTUBEで森昌子の歌うカバー曲を漁ったのですが、すると、ものすごい歌唱力のカバー曲が出るわ出るわ。


    - 五輪真弓 「恋人よ」

    ※ YOUTUBEのこの動画についていたコメント
    (「昌子さんは、どんな歌でも本家を凌駕される事が多いのですが、さすがに「恋人よ」は無理があるのではと思っていましたが(申し訳ありませんでした)完璧に自分の歌にされています。天性の綺麗な声で、気負わず媚びず、まさに天使の歌声です。やっぱり天才昌子-さんですね!?」



    - 美空ひばり「あの丘越えて」、昭和50年の美空ひばりとデュエット

    (※ ↑ ひばりさんからも「楽しみねえ、この人は」とほめられています)


    - 小林幸子 「思いで酒」

    ※ YOUTUBEのこの動画についていたコメント
    (「小林幸子さんを超えてはいけません」)




    ※ YOUTUBEのこの動画についていたコメント
    (「百年に一人しか生まれないような人間国宝級の歌手の森昌子が唄う歌を聴いて
    当時の文部省のお偉い方々は何も感じなかったのでしょうか?
    日本の”童謡唱歌の復活”の素晴らしいチャンスだったと思いますが。それとも日本の政治はまだまだ”物を申す”ことの出来ない仕組みの国なのでしょうか?今からでも遅くはありません,どうぞ歌手の森昌子を文部科学省に呼び出して下さい。 ”大事は小事より起こる”?)


    いずれのカバーも素晴らしい歌唱です。そして、それぞれの動画についているコメントが大変に興味深い。文面から感じられるのは、あたかも「森昌子という戦車に乗って、他を圧していけるような全能感」です。何かの動画には、「もし昌子さんが、今、ドリカムやMISIAを歌ったら、おそらく本家は真っ青になるでしょう」というコメントされていました。別に、戦いじゃないので、がんばって本家を真っ青にさせる必要もないのですが、でも、森昌子を聞くと、何だか、昌子ちゃんに色々な歌をカバーしてもらい、本家をなぎ倒してほしいような気持ちになるのですね。昌子ちゃんなら勝てる、こちとら、手札はロイヤルストレートフラッシュだ、大三元だと、なんだか気が大きくなってしまうのです。

    こちら、都はるみ本人とデュエットする「好きになった人」ですが、これはなかなかすごい。森昌子の迫力に、隣の都はるみ本人が「まいったなァ」という顔になっています。




    森昌子さんには「歌戦車」という形容がふさわしいのかもしれません。戦車のように大迫力の歌を歌うということではなく、本人が戦車なのです。それに載れば、ゴゴゴと平原をばく進できるのです。女性に向かって戦車とは、ご本人が読まれたら、あまりな形容かもしれませんが、とにかく実力と迫力は並々ならぬものがあるといいたいわけですので、どうかお許しいただければと思います。


    また別の視点で見れば、森昌子は、歌手であると同時に、「楽器」であると言ってもよいかもしれません。森昌子さんは、すご〜く上質の良く鳴る、すばらしい楽器なのです。


    森昌子が最も声量が豊かだったのは、10代後半〜20代前半(70年代後半〜80年代始め)のようです。その後、「悲しみ本線日本海」など本格演歌路線に入り、1986年には、いったん結婚引退。その後2006年に再びカムバックしましたが、当初はブランクもあり、声もなかなか出ないで苦しんだようです。しかし、もともと努力家の昌子さんは、あらためて努力と練習を重ね、最近はだいぶ声も元に戻りました。


    村中は昨年11月に、歌を聴きにコンサートに行きました。昌子さんも今や50代ですが、思っていたより、声が良く出ていて、非常に楽しめました。個人的には、唱歌「ふるさと」がよかったですねえ。「う〜さ〜ぎお〜いし」が発音がキレイだったなあ。


    会場は、60代、70代、80代が中心で、まわりを見渡す限りでは、村中と同年代(あるいは年下)の人はいませんでした。森昌子さんは、デビュー当時からからご年配の方に人気があったようで、リサイタルのライブ盤レコードなどを聞いても、「おばあちゃん、とても70歳には見えません。69歳のようです」などと客席をオヤジギャグでいじっています。昨年のコンサートの途中では、ファンがステージに押し寄せ、花束のみならず、お茶やお米など日用品の入った紙袋を手渡す場面もありました。


    今年1月14日(土)には、「森昌子 with 東京室内管弦楽団」というコンサートがあります。最良の楽器でもある森昌子が、管弦楽団と共に音楽をつくるという、当たればすごく当たりそうな企画です。村中としては、楽しみに会場に向かいたいところです。



    参考資料


    本家、五輪真弓の「恋人よ」


    これを聞いて思いますが、「聞いてて冷え冷えとする」、「失恋の悲痛」などの表現では、やはり五輪真弓です。というか、森昌子の恋人よは、あんまり寂しそうではありません。でもよいのっです。個人的には、森昌子の唄は、楽器として聞いているので、「女の情念」とか「悲痛な感情表現」のようなものは求めていません。そういうタイプの人じゃないと思うんですよね。



    美空ひばりのカバーした「恋人よ」


    おまけ。ものまね10連発
    ※ 森昌子は物まね上手としても有名でした。

    最後は、「せんせい」で締めることにします。今聞いても、やっぱりいいですね。

    ブログに、事例ノウハウ以外の、そうでないことも書いている、その理由

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       かつては、ここは企業ブログなのだから、事例ノウハウとかマーケティング理論とか、そういう「企業ぽいこと」しか書いてはいけないと自分に命じていました。


      しかし、そうすると、だんだん更新の頻度も減っていき、月に2回、書くか書かないかになってしました。また、内容も、真面目ではあるものの、生硬でつまらないものになっていきました。


      そんなある日、あるベンチャー企業の経営者のブログに、「とにかくブログを書こう、たくさん書こう、時には言ってはいけないことを言ってマイナスのこともあるかもしれない、でもこれまでの数年間をふりかえってみれば、いろんなことを書いてみて、時にマイナスのことがあっても、全体ではプラスになったことの方がずっと多かった」と書いてあり、なるほどと思いました。この有名経営者の言葉を拡大解釈し、村中もまた、とにかくたくさん書こうという意思のもと、事例のことや、それ以外のことや、いろいろ書き続けております。

      また、単なる雑記ではなく、ある程度、まとまりのある内容を書くよう、心がけております。これは私の文章のおけいこでもあります。

      たくさん書く、たのしく書く、つづける。
      これがだいじなことかなあと感じております。


      どうか何卒のご理解をいただければ幸いです。


      K-POPのなぞ

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         KARA、少女時代、T-ARA、東方神起、日本のみならずアジア全域を席捲するK-POP。なぜにそれほど海外(輸出)に強いのかと言えば、お膝元の韓国は、CDの市場が日本の**分の1であるため、国内で頑張っていたのでは頭打ちとなるので、だから、K-POPのスターは、日本をはじめとする海外に進出するのだといいます。彼らにとっては、国内よりも海外が主な働き場所なのです。今年の紅白歌合戦には、KARA、少女時代、東方神起が出演していました。嫌韓流の視点で見れば、日本人の日本人による日本人のための催事であるための紅白歌合戦に、韓国歌手が大挙して出演するとは何ごとだと眉を顰める向きもあるかと思いますが、考えてみれば、大晦日に生放送で日本の紅白に出ているということは、逆にいえば、故郷韓国の生番組に出演して新年の訪れを自国民と共に祝うことを放擲しているわけです。彼ら彼女らにとっていかに対外マーケット、輸出市場が重要であるかということが分かります。


        しかし、


        それにしても村中には不思議なのが、「韓国音楽市場が日本の○倍」という記述です。この「○倍」のところは、15倍、20倍、30倍とまちまちなのですが、ちょっと待った、日本の人口は1億2000万人(※1)、一方韓国は5000万人。人口だけで比べると、日本が2.4倍です。15倍〜30倍という数字と全く合いません。


        とはいえ、日本と韓国ではCDの単価が違います。日本を仮に一枚3000円として、韓国では1000円ぐらいです。日本の方が3倍となります。でも、それでも2.4*3=7.2倍であり、15倍〜30倍という数字には、まだ及びません。


        日本にはTSUTAYAなどレンタルショップが発達しており、これが収益を引き上げるともいわれていますが、じゃあ、2割り増しにしますが、7.2 * 1.2 = 8.6倍であり、いまだに、巷で言われている15倍〜30倍という数字には全く及びません。
        「日本の音楽市場は韓国市場の15倍〜30倍」という話は本当なのでしょうか。



        ※1:2010年10月1日の確定値で125,358,854人
        ※2:2010年、約4,977.3万人
        http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/korea/data.html
        http://everydaykpop.blog89.fc2.com/blog-entry-300.html


        SPEEDと三波晴夫

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           SPEEDが何回聞いてもすばらしいので困っています。

          いったい、このような少女歌手、子ども歌手にいい年こいて感動していて良いのかとも思いますが、良いものは良いのでしょうがない。


          歌詞は、さすがにこの年で意味を追っていると恥ずかしくなるので、それはスルーして、声を楽器と思い、一音一音を聴き味わいます。


          何と言いましょうか、母音のグルーブ感。それは同世代のMAXとか安室奈美恵とかはじめちとせとは違う何かを感じるのですね。


          いや、もちろん安室さんだって良いと思いますが、村中はSPEEDの良さは、安室奈美恵の良さよりは、三波晴夫の良さの方が近いと思います。

          グルーブ感。バック演奏はおはやしにすぎなくて、ボーカルだけでぐるんぐるんとうねっていくかんじ。SPEEDのSTEADYとかそういう曲だと思うんです。


          今、SPEEDをひとしきり聞いた後、三波晴夫の民謡全集やチャンチキおけさを聞いていますが、ぐるんぐるんとうねってすごくよいです。「知らぬどうしが小皿たたいてチャンチキおけ〜さ〜」 → → → → → → 「世界中でたったひ〜とりの〜、あなあたに〜」 とつなげていくようにしたり。

           

          三波晴夫 チャンチキおけさ



          SPEED STEADY




          ※ これが村田英雄「皆の衆」になると、三波晴夫「チャンチキおけさ」と、一見、同じジャンルの歌に思えても、やはりグルーブ感、ぐるんぐるん感に違いを感じます。村田英雄は、タメるんですが、村中は、タメない方が好きなんですね。


          本当は怖い語源の話 〜 旅行

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             travel(旅行)といえば、現代では、楽しい娯楽のことですが、この英単語の語源は、フランス語のtravailler(トラヴァイエ)であり、これは「働く、労働する」という意味です。求人雑誌の名前、「とらばーゆ」はこのフランス語から来ています。旅行は、今でこそリクリエーションですが、かつては大変な難行苦行だったというわけです。


            では、travaillerの語源は何かというと、これは中世ラテン語のtrepaliare(トレパリアーレ)で、この語の意味は、何と「拷問する」です。古代においては、旅は難行苦行を超えて、拷問にも等しかったというわけでしょうか(※1)

            ちなみに日本語の「はたらく」の語源は、「手をぱたぱた動かす」だそうです(※2)

            ※1:ロマンス語の話
            ※2:岩波国語辞典


            本当は怖い語源の話 〜 SLAVE(奴隷)

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               日本ではかつて特殊浴場の通称に、中近東のある国の国名が使われていましたが、1984年に同国の留学生、ヌスレット・サンジャクリが日本国に抗議を申し入れ、それ以来、その名前は廃止されました。



              ちなみに、その特殊浴場の名称の起源は、おそらくフランスの新古典主義を代表する画家、ジャン=オーギュスト・ドミニク・アングルによる、同名の絵画から来ているものと思われます。http://www.salvastyle.com/menu_neo_classicism/ingres_turc.html



              しかし、世の中には、もっとすごい名称があります。それは英語のスレイブ(奴隷。SLAVE)です。



              ロシア、ポーランド、チェコスロヴァキア、クロアチアなどの言語を話す人々を総称して、スラヴ人と言います。綴りはSLAV(キリル文字ではСЛАВ)で、現地語では「栄光」を意味します。「神よ栄光あれ、Thank God」は、СЛАВА богу(スラヴァ・ボグー)」と言います。プーチン大統領の就任式で使われた音楽の題名は、「栄光あれ -СЛАВЬСЯ(スラーヴィシャ)」です。http://nicosound.anyap.info/sound/nm6257922。このように、スラヴ語圏内では、スラヴとは大変、めでたい、良い言葉です。



              ところが、このСЛАВ(ローマ式アルファベットならSLAV)は、SLAVE(奴隷)と綴りがよく似ています。これは偶然の一致なのかというと、実はそうではありません。SLAVEという言葉の語源は、中世ラテン語のSCLAVUS。この単語はズバリ、スラブ人を指しており、中世初期に多くのスラヴ人が奴隷にされたことから、この言葉が出来上がったのです(※1)



              これは相当、ヤバイ単語ではないでしょうか。考えてもみましょう。もし日本語で奴隷を表す言葉が、今のドレイではなく、○○○○という言葉で、この○○○○の部分に、近隣諸国なり、人種名なり、県名、地方名なりが入っていたとしたら、とんでもないヒンシュクになります。Politially Incorrect (政治的に不適切)という意味合いではチビくろサ○ボの比ではありません。


              英語のSLAVEにおいては、まさにそのヤバい状態が、実際に起きているわけです。SLAVEと書いて意味は「奴隷」というのは、AFRICANと書いて意味は「奴隷」というのと言語の構造上は同じことですから。

              ちなみに、このSLAVEと同じパターンで「奴隷」を表す言葉もあります。古ルーマニア語で奴隷のことはruman(ルマン、「ローマ人」)と言っていました(※2)。

              え?と思った人もいるかもしれません。国名ルーマニアとは、「ローマ」のこと。ルーマニア語もラテン語の子孫です。そんなルーマニアでなぜ、「ローマ人」という言葉が奴隷の意味になるのか。

              これは、ルーマニアが、言語的にはローマ圏内だけど、地理的には、ブルガリア、ウクライナ、セルビアなどスラブ諸国に囲まれているスラヴ圏内、宗教的にはギリシア正教の影響が強く同じくスラヴ圏内という、ややこしい状況にあったからです。

              中世ルーマニアでは、スラブの影響が強かったのでしょう。だから、スラヴ人に支配されたローマ人のことを指して、転じて奴隷の意味にしたのでしょう( 現代ルーマニア語では、roman(ロマン)は単にルーマニア人ことです)

              このルーマニア(Romania)という「我こそはローマの直系」と誇らんばかりの国名は、1859年にモルドヴァ、トランシルヴァニア、ワラキアの三国が統一されたときにつけられた名前です。日本でも市町村合併の時に「いわき市」「上越市」「四国中央市」など、参加市町村以外の名称を用いて角が立たないようにすることがありますが、それと同じノリでついている国名です。


              ※1:プログレッシブ英和辞典
              ※2:ロマンス語概論(伊藤太吾)
              ※:なお、スラブ言語では、奴隷のことは、たとえばロシア語では、раба(ラーバ)と言います。これは古スラブ語のorb(孤児)から来た言葉です。そのさらに大元はギリシャ語のorphanosで、これはorphan(孤児)として英語になりました。 (ex. Russian Etymological Dictionary)


              大分県について

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                 村中の出身地、山口県を走る山陰線に、特牛(こっとい)という駅があります。なぜトクギュウと書いてこっといになるのか、まるで見当もつかない読みで、全国の駅でも屈指の難読駅名とされています。

                しかし、中学校の頃の村中には、この駅名は全く難読字ではありませんでした。最初から「こっとい」と読めました。なぜかというと、周りの大人が会話の中で「こっとい」という言葉を使い、それを聞いてから「特牛」という文字を見たので、最初からこっといと読めたのです。耳から覚えれば、難読ということはありません。

                ところで村中は、これと同じパターンで、日本の【県名】には、隠れた超難読字県があると思います。

                それは「大分県」です。

                大分と書けば、どんな人でも「おおいた」と読みますが、しかしよくよく考えると、なぜダイブンと書いて、「おおいた」と読むのか、皆目見当もつきません。特牛並の難読字だと思いました。

                演技が上手いとはどういうことか。

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                  あの俳優は演技が上手いとかヘタだとかよく言いますが、しかし、俳優の演技が上手いというのは、いったいどういう状態を指すのでしょうか。


                  これが歌であれば、音程を外さない、声量があるなどの計測可能な基準がありますし、絵の場合でも、うわー、本物そっくりだあとか、何でこんなに細かく精密に描けるのだろうかなあというテクニック上の物差しがあります。しかし演技の上手い下手は、そういう技術基準や数値標準を見つけるのが難しい。


                  しかも、俳優においては「美男や美女の方が素敵」というミもフタもない基準があります。また「当たり役はどんな名優の名演技をも凌駕する」という反則技もあります(※)。


                  さらに「プロよりも素人の方が良い」という価値観もある。「職業俳優は使わず、すべて一般人に演技させ、迫真の映像を撮った」という触れ込みの映画は、「抵抗」「無防備都市」など、これまで何本もあります。


                  俳優では、ルックスやオーラなどの「先天的な素材」が、演技力など「後天的な技術」を凌駕するわけです。


                  そんな演技の世界で、それでもあえて上手い下手を見分けたいならば、その基準の一つとして、「自分のルックスなど肉体的条件と違う役柄ができる俳優は上手い」というのはどうかと考えました。単純に言って、美男美女が醜男醜女を演じられたら、あるいはその逆ができたとしたら、それは演技力の賜であろうと。


                  昭和36年の映画、「名もなく貧しく美しく」は、タイトルの道徳臭とはうらはらに、冒頭の泥の轍をカメラが舐めていく場面を始め、つぎつぎ映像美が連続する美しい映画ですが、この映画では高峯秀子が、主人公の聾(聞こえない、少ししゃべれる)の女性を演じており、その台詞回しの巧みさに驚いた記憶があります。聾の人の話し方というのは、マネだけなら誰にでも、私にもあなたにもできますが、それはあんまりやっちゃいけない物まねで、何だか人を馬鹿にしたようなかんじになってしまう、非常にリスキーな演技です。しかし、高峯秀子は、あの聾者の発声でもって、「演技」ができている、喜び、怒り、悲しみなど感情表現ができていました。これはすごいなと思ってみた記憶があります。

                  演技の素人の考えですが、おそらくは盲目の演技と聾唖の演技では、後者の方が難しいでしょう。盲目の演技は、あえて乱暴に言えば、目をつむって澄ました顔をしていれば、格好がつきます。春琴抄の山口百恵やDOLLSの深田恭子がそんなかんじでした。そもそも「
                  見えない、だけど聞こえる」という盲目の世界というのは、目明きの我々であっても目をつぶれば擬似体験が可能です。つまり、俳優は事前に「練習」をすることができる。しかし、聾の世界(聞こえない、だけど見える)というのは、擬似体験(練習)ができません(耳を押さえても、結局聞こえるから)。しかも、聾者の演技は、気品を出すのが難しい。谷崎潤一郎が、「盲者は目を閉じて端座していれば聡明に見えるが、聾者は人の話を聞くとき頭を傾けて口を開けるのが如何にも惜しい」といったことを書いていました。聾者を演じて気品を出すのは、盲者のそれよりやはり難そうです。

                  なのに、高峯秀子は、それを演じて、しかも観衆への説得力が出せて、主人公として物語をぐいぐい引っ張っていく、その演技力はなみなみならぬものだと思いました。ちなみに、高峯秀子が聾者(聞こえない、しゃべれる)であったのに対し、夫役で出ていた小林桂樹は、聾唖者(聞こえない、しゃべれない)という設定でした。小林桂樹が電車の中で手話で高峯秀子を必死に説得する名場面は魅力的でしたが、しかし演技の難易度という点では、やはり高峯秀子の方がハードルが高かったと思います。



                  さて、高峯秀子ほど極端ではありませんが、最近、俳優の中で、「お、この人は自分のルックスと違うことができてる」と思ったのが、満島ひかりさんです。こちら、NHK朝ドラ「おひさま」やフジテレビ「それでも生きていく」などで好演し、今や引っ張りだこの人気女優ですから、ここで注目株に取り立てるのも何を今さらですが、村中が、満島さんに注目したのは、それらテレビ番組に出る前の、2010年の映画「川の底からこんにちは(主演)」を見た時のことなので、まずは書かせてください。

                  「川の底からこんにちは」は、「上京して5年、仕事は5つ目、彼氏は5人目。妥協と惰性で毎日を送る佐和子、そこに父親が病に倒れ余命わずかとの報せが入り、しかたなく実家の“しじみ工場”を継ぐため、5年ぶりに故郷の水辺の町に帰るがしかし…」という映画です。


                  満島ひかり演じる佐和子は、「わたし、中の下です」というセリフを繰り返すB級女性。こういう役柄って、案外、美人女優が配役されます。綾瀬はるかの「干物女」などその例でしょう。小泉今日子なんかもやりそうな気がします。しかし、その場合は、「小泉今日子なのにB級女の役!」とか、「へえ〜、綾瀬はるかのゆるキャラ女も面白いな〜」のように、役柄より先に小泉今日子や綾瀬はるかなど、素材としての本人が優先押し出しされます。ルックス素材を逆説的に活用した配役でわるわけです。


                  一方、「川の底からこんにちは」ですが、二番館の二本立ての1本として、特に期待もせず見始めたのたですが、何か、この主演の女優さん、どう見ても一番美人なのに、それでも本当に中の下、B級に見えてすごいなあ、普通、こういうのって、「美人のあたしが、あ・え・て、B級を演じてます」みたいな感じになりがちなのになあと関心。


                  この女優さん、エンディングロールで名前が満島ひかりと分かったので、ネットで調べてみたら、元はFOLDER5という沖縄アクターズスクール養成のアイドルグループのいちメンバーでした。「川の底からこんにちは」の前には、「愛のむき出し」「デスノート」などで助演していますが、こちらは、本人のルックス通りの美少女女子高生役、美少女妹役です。こちらは本人のルックス通り、美少女に見えます。つまり、「川の底からこんにちは」のダメぶりは、本人の意識的な演技の賜だったということになります。


                  こちらが「川の底からこんにちは」の予告編です。これだけ見たのでは、あんまり満島ひかりがダメに見えないかもしれませんが、できれば全編、通してみてください。そうすると、満島ひかりのダメ感が画面をジワジワ支配していくのが分かりますから。


                  ※ 川の底からこんにちは




                  満島ひかりの演技力の根源はどこにあるのでしょうか。一つには、それは「身のこなし」ではないかなと思いました。寝る時に、足の指を伸ばして電気のスイッチを切ろうとしてグキッとくるシーン、喪服のまま畑に肥をまくシーンなど、身のこなしが良かったです。素人俳優とプロ俳優を分けるのは体の使い方のやわらかさ。演技力とは、身のこなしの力かもしれません。「嬉しい」「悲しい」などの感情が、表情ではなく、肩で分かるのが演技力なのかもと。


                  もう一つ、この映画での満島ひかりのB級感、ダメ感を担保している要素として映像から漂う「ちょっとクサそう」というかんじもあるかなと。不潔というわけではないが、完全に清潔というわけではないような、もしかして昨日は風呂入ってない?みたいな微妙なところ。いやさ、もしこれが意識的ものだったらすんごい演技力(or 監督の演出力)だなと。クサさほどさじ加減が必要な要素もなく、一歩間違えば、単なる不快感に終わります。


                  映画は匂いを表現するのが難しい形式です。たとえばスプラッタ映画など相当に悪臭の世界のはずですが、印象としては無臭です。また、ちょっとクサそうという演出がストーリーを助ける効果を生むことは滅多にありません(「たそがれ清兵衛」はその数少ない一本でした)。


                  そういう目で見ていると、満島ひかりのクサさ加減が、物語が進むにつれて少しずつ変化していきます。これは意識してやってるのでしょうか。満島さんか、あるいは石井監督かに、いちど聞いてみたいものです。


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                  ※ 「当たり役は名優の演技を簡単に凌駕する」を表す最近の例が、現在、放映中で視聴率を稼ぎまくっているテレビドラマ「家政婦のミタ」の松嶋菜々子さんです。むかし「犬神家の一族(2006年版)」でのヒロイン珠世役の時は、うーん、美人は美人だけど、この役柄をやるには、背高すぎ、無表情すぎ、セリフ棒読みすぎ、動き固すぎ、それにこの珠世役って、「もしかしてこの女が犯人かも」と思わせながら観客を引っ張っていかなきゃいけないのに、松嶋さんて、ぜんぜん腹黒そうに見えない、なんか困ったなあと思いましたが、しかし「家政婦のミタ」は、今いった「背高すぎ」「無表情すぎ」「セリフ棒読みすぎ」「動き固すぎ」という欠点のが全部、家政婦ミタの当たり役の条件になっています。

                  意外に重要だと思うのが、「松嶋菜々子は腹黒く見えない」という点。松嶋菜々子は、ロボ声ならぬロボ演技で、冷静に考えると、けっこう滑稽なのですが、それでもドラマが成り立つのは、やっぱり松嶋菜々子の「悪者に見えない」という特長のおかげで、これがあるから、「ミタさんは、ああ見えて、本当は心が優しいのかも知れない」と視聴者に思わせてくれます。家政婦ミタは、遺品燃やし、家屋落書き、自殺幇助、誘拐未遂、社内ビラ撒きなど無茶苦茶をやるのですが、それでもギリギリのところでホームドラマとして成立しているのは、松嶋菜々子のお手柄であろうかと思います。あれでもし腹黒そうに見えたら、視聴者が感情移入する余地がなくなり、本当にテレビドラマとして成立しなくなりますから。


                  スイート・アズ…

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                     とある華麗なる天才ボクサーを見た、イギリス人の記者が、そのボクシングを、スイート・アズ・シュガーと形容したそうです。血しぶき舞う殴り合いの世界に似つかわしくない形容ですが、そこがかえって「天才ボクサー」への賛辞として出色ではないでしょうか。


                    本日、フィギュアスケートNHK杯の浅田真央選手のフリープログラム「愛の夢」は浅田選手の素晴らしい身体能力と香気と気韻を十全に表現した素晴らしい演技となりましたが、この不世出の、世界で最も高貴なアスリートの一人である浅田さんにも、スイート・アズ・シュガーのように、何かふさわしい形容詞がつけられないものかと考えてしまうのですが、それはスイート・アス・○○のやり方でいくとすれば、たとえばスイート・アズ・ドルフィン(イルカ)? うーん、健康的すぎ。スイート・アズ・クイーン。うーん、まんますぎ。スイート・アズ・ストリーム(sweet as stream 「流れるように、甘く」)とか、スイート・アンド・スプレンディッド(sweet and splendid 「甘く、そして高貴」とかを、まずは考えてみました。


                    あるいは、○○・アズ・**のように、○○のところをハード(激しく)とかビター(苦く)とかにして、**に絶妙の何かを入れるのも良いかもしれません。

                    誰か天才フィギュアスケート選手、浅田真央さんへの、これ以上ない素晴らしい形容詞を考えてください。


                    メンズショップOSとユニクロ

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                       村中は山口県下関市の出身ですが、中学生の頃に、シャツやGパンなど洋服を買おうとした時は、町でいちばん大きなデパート、シーモール下関の中の洋品店、「メンズショップOS」に行っていたものです。そして今日、はじめて分かったことですが、店名の「OS」とは「小郡(おごおり)商事」の略称であり、その小郡商事の二代目社長、柳井正氏が、1984年、家業をさらに発展させるための新しい店として、広島に開いた衣料品店の名前こそが「ユニクロ」だったのでした。柳井社長は、ユニクロを開く前の1972年から1984年の間は、メンズショップOSで、まさに現場店長として商売なさっていたと聞きます。もしかすると、村中もシーモール下関で、当時の柳井店長から、GパンだかTシャツだかを買い求めたことがあったのでしょうか。しかし、あのOSが、今やユニクロになっていたのだとは…、いやー、知らんかった…。


                       



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