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人の文章に、「これは日本語として不自然だね」 などと言ってはいけません

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     村中は、外注制作者の文章をチェックするときに、決して言わないことに決めているのが、


    「これは日本語として不自然ですね」


    という指摘です。


    この指摘は、昔、会社員時代に、上司からよく言われました。しかし、その上司は、日本語が不自然だというだけで、どこがどう不自然なのかを説明しません。それを質問しても、「いやあ、どう見てもおかしい。こういう日本語はないよ」としか言いません。部下である私は「わかりました。直します」といって、おとなしく引き下がるのですが、内心では、「こいつ、ホントは良くわかってねーんじゃねーの?」と思ったことを、よく憶えております。


    自分がされていやだったことは人にはしない方がよい。村中は、「他人の文章にダメ出しをするからには、必ず理由を添えなければならない」という自分律を持つようになりました。たとえば「私はこれを理解できます」という文の不自然さは次のように指摘します。

    ---------------------------------------------------------------
    「たとえば「数学をできます」という文は、助詞「を」が間違いです。なぜなら、この文の動詞「できます(できる)」は、自動詞なので「が」で受けるのが正しいからです。「数学ができる」、「泳ぎができる」、「ダンスができる」など。

    「できる」はワープロでは「出来る」と変換されますが、これは当て字ではなく、「できる」というのは、「出て来る」こと。「私は水泳ができる」というのは、「私において、水泳が、自然に出てきた」という考え方の文章です。ということは、「できる」は「が」で受けるのが自然。


    しかし、「私はこれを理解できます」になると、間違いと断定しづらく「でも、不自然かな」という印象にとどまります。これは「理解できる」が自動詞なのか他動詞なのか判別しづらいからです。「理解する」は他動詞なので、それに注目すると、「を」を使っても良いような気になります。しかし、「理解できる」は、うーむ、やはり自動詞でしょう。とすると、「わたしはこれが理解できます」となりますが、あれ、これはこれでなんだかヘンですね。

    では、単純に、「私にはこれが分かります」とか、その線で、何か良い言い方を探ってみませんか。


    ちなみに、「<<「私はこれを理解できます」>>は、和文脈では不自然かもしれないが、しかし近代的かつ明晰な文章である」という印象を持つ人もいるかもしれません。これはおそらく「私はこれを理解できます」とすると、i can understand it という英文と構造が似ているからでしょう。英文脈に近づく イコール 明晰さが増すという価値観、基準に立つのならば、それはそれでアリかもしれません。好みの問題といことにしておきましょう。村中はいやですが。
    ---------------------------------------------------------------

    え、こんな調子でネチネチ言われたら、かえってイヤだって? いやいや、言葉をなりわいにする仕事なんだから、これぐらいマニアックで別に良いのですよ。

    「これは日本語として不自然ですね」に似た言い方に、「これは日本語としてこなれていない」というのがあります。翻訳文などに対してよく使われる言い方です。


    しかし、この指摘にしても、「じゃあ、どういう日本語ならこなれていると言えるのか」が説明できないと、単なる恫喝でしかありません。


    村中が最近出した一応の結論は、「こなれた日本語とは、動詞を多用する書き方のことである」というものです。


    最近、Done is better than perfectという英語を見かけました。完璧にしようと時間をかけるより、とりあえず仕上げて済ませてしまった方がいい、というぐらいの意味です(Doneはdo(する)の受身形。ハイ終わり、というニュアンスがあります)。


    これの直訳として「成すことの方が、完璧よりも、優れている」「実行は完璧より良い」などがとりあえず考えられますが、しかし、日本語としてはぜんぜんこなれていません。


    「完璧であるよりも、終わらせる方がいい」とすると、少しこなれてきました。「完璧を目指すよりも、終わらせる方がいい」とすると、さらにこなれてきます。
    しかし、この和訳の決定打は、「完璧を目指すより、まず終わらせろ」となります。末尾を命令形にしてしまうのです。


    「実行は完璧より良い」
       ↓
    「完璧であるよりも、終わらせる方がいい」
       ↓
    「完璧を目指すよりも、終わらせる方がいい」
       ↓
    「完璧を目指すより、まず終わらせろ」


    の流れの中で行われていることは、元の英文の中の名詞や形容詞、すなわち(being) done, (being) perfect, betterなどを、日本語にする際に動詞へ、動詞へと置き換えていることです。


    「実行は完璧より良い」は、A is better than Bという元の英文と構造が同じ。
    これを「完璧」を「完璧であること」、「実行」を「終わらせる」と動詞に転換すると、若干、こなれてきます。


    「完璧であること」を「完璧を目指す」に変えると、さらに意味がクリアーになります。


    最後は、「終わらせる方がいい」を、「終わらせろ」と命令形にすると、さらに意味合いがハッキリします。


    よくよく考えると「目指す」という単語は元の英文にはないし、「終わらせろ」のような命令形も元の文と形が違います。


    でも、候補の訳文の中では、「完璧を目指すより、まず終わらせろ」が日本語として一番しっくり来る。


    Mary looks prettier with her hair cut short.も
    「メアリは短髪の方が可愛い」よりも、
    「髪を切ったらメアリは可愛くなった」と動詞中心にした方が、雰囲気がよく伝わります。


    実感が伝わる、こなれた日本語、それは動詞が多い日本語のことです。


     


     


     


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